アメフクラガエルは『卵から小ガエルで生まれる』っていうけど本当かな?
と不思議に思っている方はいませんか?
確かにネットでは『フクラガエルは小ガエルで生まれる』という情報が多いです。
僕も昔はそう思っていました。
でも、それは間違った情報です!
こんにちはふくら博士(自称)です。
この記事では、アメフクラガエルが小ガエルでは生まれないという事実をお伝えした上で、なぜ小ガエルで生まれるといわれるようになったかを考察します。
この記事を読めば、あなたの中のフクラガエルについての誤解を解くことができます。
また、教科書や図鑑も時に誤っていることを知ることができます。
かなり学術的な内容を含みますが、ビブリオミステリー的なものです。
では、説明をしていきます。
多くの情報は間違い【フクラガエルは直接発生じゃない】
多くの Web サイトや動画では『フクラガエルは卵から小ガエルで生まれる』といわれています。
日本に限らず、海外のサイトでもそうです。
このように、卵からオタマジャクシにならないで直接小ガエルが生まれる(=孵化する)ことを『直接発生』といいます。
(なお、カエルにだけではなく、幼生の時代がなく大人の形で卵から孵化することはみんな『直接発生』といいます。いろいろな動物で見られます)
実は、カエルには卵の中で小ガエルになって生まれてくる種類はめずらしくありません。
世界全てのカエルのおよそ10%(およそ800種類)が直接発生します。
➡️ 具体例はリンク先をみてください(直接発生の例)
フクラガエルの生物学でもふれていますが、フクラガエルが卵からオタマジャクシになることは100年近く前、1929年にde Villiers 博士によって報告され(この場合は Breviceps pentheri: ヤブフクラガエル)、それ以降もオタマジャクシの観察が2例報告されています。
しかも、2010年にはBBCの動画でアメフクラガエルがオタマジャクシになることが明確に映されています。
このような証拠があるのに、なぜ直接発生すると言われているのでしょう?
フクラガエルが直接発生するといわれている理由【考察】
日本の場合
まず日本について考察します。
日本語で最初にフクラガエルの発生について書かれたのは、おそらく松井正文先生の教科書 “両生類の進化” 1の「フクラガエル属(Breviceps)も直接発生する」という記述です(168ページ)。
次は、倉本満先生が“動物系統分類学” 2の中で、「胚は鰓や鰓裂のない幼生として孵化し、くぼみのなかで急速に変態を完了するか、完全に変態した幼体となってから孵化する」とされています (172ページ)。
(なお倉本先生の前半は事実と合っています)。
僕は、日本語の教科書でフクラガエルの発生についた書かれたものをこの2つしか知りません(最近のWebなどは別にして)
お二人がどの資料を見てこのように書かれたかのかはわかりません。
いずれにしても松井先生は日本の両生類学の大権威ですし、動物系統分類学はこの分野を代表する大著です。
これらの本を読んだ多くの人は書かれていることを無条件で信じるでしょう。
こんなわけで、日本ではフクラガエルが『卵から小ガエルが生まれる』といわれるようになったのも納得です。
え?僕の場合ですか?
ええ、松井正文先生の本を読んで直接発生だと思っていましたよ。
2012年にBBCの動画(⬆️)を見るまではね。
海外の場合
すでに書きましたが、海外では100年近く前にフクラガエルはオタマジャクシでうまれることが報告されています。
でも、こんなことがありました。
Du Preez 教授と Carruthers 氏が “Frogs of Southern Africa: A complete guide” 3(105ページ)で、“No free-swimming tadpole phase; metamorphosis is completed in under ground nest”、つまり「自由に泳ぐオタマジャクシの状態はなく、地下の巣の中で変態を完了する」と書いたのです。
これはだいぶ罪な書き方で、『自由に泳ぐオタマジャクシの状態はない』と書かれたら、ある程度カエルの知識がある人は直接発生するんだと思うでしょう。(自由に泳ぐオタマジャクシの定義の問題なのですが)
しかも、Du Preez 先生はフクラガエルがオタマジャクシの状態で孵化することを明らかに知っていました。
でも、泡マットの中で動くけど水の中で泳ぐわけじゃないから『自由に泳ぐオタマジャクシの状態はない』と書いたのでしょう。
そうするとやっぱり誤解する人はいて、例えば UC Berkrey(カリフォルニア大学バークレー校。8月の時点で世界大学ランキング8位の超名門校)が運用している “Amphibia Web” というわりと権威ある両生類専門のサイトには…
“All members of the genus reproduce via direct development. Clutches contain ~24 large (7 mm) eggs (Du Preez and Carruthers 2009)” と書かれております。
意訳すると「Du Preez とCarruthers(2009)の著作によると、フクラガエル属の種類は全部『直接発生』する」となります。
はい、もう伝言ゲームですよね。
権威あるサイトや図鑑、論文にも当たり前のように『フクラガエルは直接発生する』と誤って書いてある理由は、おそらくこういうことでしょう。(だいぶ想像が入っていますが)
- フクラガエルは「水のない地下の巣で繁殖するからオタマジャクシにはなれないハズだ。じゃあ直接発生外にありえないよね!」と考えた学者さんがいました
- その人は1929年の論文などは調べずに(あるはその論文を信用せずに)、自分の著作に『直接発生だよ』と書きました
- それを読んだほとんどの人は、直接発生は珍しくないしそれでいいよねと同意して、それぞれの著作でそう書きました
- 結局それが事実として広まってしまいました
さて、海外でフクラガエルが『直接発生する』という誤情報を広めた張本人はどなたなのでしょう。もちろん全ての論文や図鑑を読んでいないので特定はできません。
でも、少なくとも大きな影響を与えただろうな〜と思う本がないわけではありません。
それは、Alan Channing 先生(名誉教授・西ケープ大学)の “Amphibians of East Africa” 4 です。
この図鑑では“Eggs directly development into small froglets” つまり『(フクラガエル)の 卵は小さなカエルに直接発生する』(210ページ)書いてありますが、残念ながら根拠が示されていません。
Channing 先生は南アフリカの両生類学の権威でした(まだ存命ですが…2種のフクラガエルの新種記載をされています)。そして当時、まとまった情報のなかったアフリカの両生類を網羅した図鑑を発表されました。その一つが Amphibians of East Africa です。
このような経緯から、この図鑑を読んだ人の多くは疑いなく『フクラガエルは直接発生する』と思うようになり、これが海外で『フクラガエルが直接発生する』とされるようになった理由の一つと思われます。
ちなみに、Mr. Brevicepsの称号を持つ Leslie Minter 先生(リンポポ大・名誉教授。4種類のフクラガエルの新種を記載されています)は世間の常識に惑わされず、1998年の自身の博士論文 “Aspects of the reproductive biology of Breviceps” 5 (2ページ)に、1928年代の文献までを調べて、
“the tadpoles break out of the egg capsule” 、つまり『オタマが卵カプセルを破って出てくる』と書いています。
うーん、さすが、Mr. Breviceps ですね!
さらに、 DuellmanとTrueb 先生(1986) による両生類学の大著の一つである“Biology of Amphibians” 6 にも『(フクラガエルは)陸上の巣の中で何も食べないオタマジャクシとして孵化し巣の中で変態を終える』とちゃんと書いていあります(551ページ)。
これを読んでいれば間違いようがないと思うのですが。
いずれにしても、Amphibians of East Africa (Channing & Howell 2006)とFrogs of Southern Africa (du Preez & Carruthers 2009) が、海外での誤解の伝播に影響をもったことはかなり確かだと思います。
しかし、これらのものは2000年代後半以降の本やWebサイトに影響したはずですが、1996年に日本で出版された教科書の記述とは無関係です。
ではなぜ松井先生と倉本先生がフクラガエルは『直接発生する』としたのか?その根拠となる文献がどこかにあったはずです。
そして残念ながら、僕はそれを追いきれていません。
1996年前に『フクラガエルが直接発生』すると書かれた文献をご存知の方は、是非教えてください!
フクラガエルの発生はすごく変わってる
日本には直接発生のカエルはいませんが(餌を食べずに変態するカエルはいます:ナガレタゴガエル)、先ほど書いたように世界的には直接発生のカエルは珍しくありません。
むしろ、地下の巣に泡マットを作ってそこでオタマジャクシが発生するというのは、僕が知る限りフクラガエルだけに見られる特徴です。
[詳しい人に言い訳:Duellman and Trueb(1986)の表2.2の F22『餌を食べないオタマジャクシが地上の泡巣の中で育つ』というパターンは、カメガエル科やユビナガガエル科でわずかに知られています。しかし、これらの分類群では親が泡巣を作るとのことなので、オタマジャクシが自分で泡マットを作る点でフクラガエルと違います。また、唯一ヒメアマガエル科のHoplophryne属はフクラガエルと全く同じ発生様式を持っているかもしれません(残念ながら調べきれませんでした)]
また、フクラガエルの『陸上で餌を食べないオタマジャクシが生まれる』という発生パターンは、普通の『水の中でオタマジャクシが生まれる』発生から、『陸上で卵から小ガエルが生まれる』直接発生をつなぐ、「進化の中間段階」ととらえることもでき、とても面白い発生様式と言えるでしょう。
ついでに【卵胎生・胎生】について
さて、とある動画に
「フクラガエルは『メスの体の中の卵』の中で小ガエルになって、体の中で孵化し、小ガエルの状態でメスの体から生まれる」
と説明されてる(ように聞こえる)ものがあります。
この母親の体から卵ではなく子供が生まれるという繁殖様式は『卵胎生(グッピーなどと一緒)、もしくは胎生(多くの哺乳類と一緒)』と呼ばれるものです。(両者の違いは、子供は卵黄のみで育つか、親が子供に栄養を供給するかです)
カエルにも卵胎生や胎生がごくわずかに知られてはいますが、フクラガエルは卵胎生・胎生ではありません。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
よっぽど興味がある方以外はここまで読んではいないと思いますが(笑)、いかに情報とは間違って伝わるかがお分かりいただけたのではないでしょうか。
とくに、フクラガエルのネット情報は間違っていることが多いです。
なるべく1次情報までを調べているメディアを信用する癖をつけるといいかと思います。
このブログでは、フクラガエルについてのよりディープな情報を発信していく予定です。
どうぞお楽しみに!
参考文献
1 松井正文(1996)”両生類の進化“ 全302ページ. 東京大学出版会, 東京.
2 倉本満(1996年)ヒマアマガエル科. 166-176ページ. “動物系統分類学” 9巻下a2, 中山書店, 東京.
3 Du Preez, L. & Carruthers, V. (2009) “Frogs of Southern Africa: A complete guide” pp.519. Struik Nature, Cape town, SA.
4 Channing, A. & Howell, K.M. (2006) Rain Frogs, Rubber Frogs – Family Microhylidae. pp. 209-236. In “Amphibians of East Africa”. Cornell University Press, Sage House, USA.
5 Minter, L.R. (1998) Introduction. pp.1-6. In “Aspects of the reproductive biology of Breviceps“. PhD Thesis submitted to Faculty of Science, University of the Witwatersrand, Johannesburg, SA.
6 Duellman, E.D. and Trueb, L. (1986) Classification. pp.493-556. In “Biology of Amphibians” The Johns Hopkins University Press, Baltimore and London.
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